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ロンドンに家族で滞在中に、テロの現場に遭遇してしまった
ジャック・ライアン(ハリソン・フォード)。
その際に、テロリストの弟を殺害したことで、テロリストに恨まれてしまい、
ジャックは個人的に報復の対象になってしまいます。
妻や子も命を狙われる事態となり・・・
この作品は以下の配信サービスで視聴できます。
1992年の映画。
ショーン・ビーンが、ジャック・ライアンに弟を殺されたと、
復讐に燃える、ショーンを演じていますが。
映画の展開としては良くある話ではあるんですが、
そもそもあんたたち、テロリストじゃないか。
自分たちのやっていることを棚に上げて、
弟を殺された(弟もテロリストの1人なんだけど)って、
大義そっちのけになって、ジャック・ライアン憎しになってて。
大切な弟を目の前で殺されてしまった。
ショーンにはそういう風に映っているでしょう。
自分がそういう立場に立たされてもなお、
自分たちがやっている戦いは意味があると思うというのがね。。。
だから、戦争はなくならないのだな。って思うんですが。
大義のための犠牲の命は仕方なくて、
目の前の大切な家族の命は、仕方なくない。
――そんな理屈は通用しないと思います。
仕方ない命などなく、みんな誰かの大切な人ですから。
じゃあ、どこまで戻れば、
みんなの心が痛んでいないところに戻れるのだろうか?
って考えると、それはそれは長い時間戻らないと無理で。
そうなると、
「全部消して、一からやり直せばいい」みたいな、
「インターセプター」のケセル(ルーク・ブレイシー)みたいな思想になってしまうのかもしれませんが。。。

正直、「パトリオット・ゲーム」が
ここまで深い問いを投げかけているのかは分かりません。
でも、観ている中でこうしたことを考えてしまう時点で、
この物語はただのアクションでは終わらなかったのだと思います。
そういう意味で、私の中に引っかかりを残す作品でした。
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