アンディのお隣さん、ニーナ(ステファニー・ニズニック)は、妊娠中でした。
ある日、ニーナの勤めるダイナーで、街の人たちがベイビーシャワーを開こうとすると、
ニーナは、お腹の子の代理母をつとめているだけ、と。
そのことで、街は騒動になります。。。
エフラムは、新しくできた友達の計らいで、
エイミーが所属するバレエ部のピアノの伴奏者になりますが、エイミーとちょっとした口論になり・・・
前回のお話↓
このエピソードの放映年は2002年です。
今から24年前。
代理母をするって選択、もうアメリカでは受け入れられているんじゃ??
って思うんですが、
そこは、小さな街。
きっと街の人も、そういう”子の授かり方”がある。っていうのは、
理解してはいたと思うけれど、
「自分のこと」のようにはならない。
ずーっと生まれた時から街の人と、知り合いみたいな感じの街で、
新しい考え方とかの入る余地って、
アンディ一家のように、突然引っ越してくる人がいない限り、
難しくって。
それをいきなり、理解して。っていう方が難しく。
しかも、ニーナを訪ねてやって来た、母になろうとしている人を見て(田舎なのでみんなすぐ気付く)ビックリ。
「高齢じゃない」と。
いくつになっても、
「母になりたい」って思う人は、いたっていいじゃない。
と、
「子供が学校でからかわれてかわいそう(お前のお母さん、おばあちゃん!?的な)」
が、入り混じるところですが、
人がとやかく言うことじゃないのかなって。
それを、”とやかく言っちゃう”のが、田舎の人たちのね。。。
なんていうか、よろしくない点だよなぁ・・・って思う。
私も田舎出身で、こういう面は嫌ってほど見てきたので、
なんとなくわかります。
そして、エフラムにも、
その田舎の洗礼・・・にプラスして、学生時代あるあるが。
エイミーは、ずーっとこの街で暮らしてきたから、
親友たちも小さなころから知っている。
親友たちの、エフラムに対する態度に、違和感は覚えるけれど、
逆らうのも違うし・・・。
で、親友の言うとおりにしたら、エフラム怒っちゃう。
という、くだりがあったんですが。
狭い世界だと、
”なんか、友達の言っていることは違うって、心ではわかってる”
でも、それで逆らったら、
友達いなくなっちゃうし・・・。
みたいな考えになってしまうのって、
仕方ない。で片づけるのは雑ですけれど、仕方ないのかな。って。
それで、傷つく人がいることも忘れちゃいけないんですが。
エイミーは、”傷つく人がいる”もわかっているから。
で、実際傷つけてしまって、心痛めてる。
あの親友2人が、悪びれもなく言っているセリフの方が、
怖いんですが。
今回はそんな感じで、
アンディとエフラムが衝突し合うっていうのはなく、
その代わり、
2人で命の誕生の現場に立ち会うという、機会に恵まれました。
優秀な脳外科医も、
お産は初めてだったとのことでね。
親子関係って、一つの出来事で、
全て好転するわけではありませんし、
仲良くなったからって、ずーっと仲良しのままって
わけでもないですが。
友達など、他人との違いって、
「嫌だな」って思っても、離れたくても離れられないのが、
親子ってものかと。
・・・本当に無理なら、”絶縁”って言葉があるぐらいですからね。
(このドラマでは、そんなことないですけどね)
3話目にして、親子関係は修復されたし!ではないのは承知。



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