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1964年の夏、ミシシッピーで、公民権運動家3人が行方不明になり、
アンダーソンとワード(ジーン・ハックマンと、ウィレム・デフォー)という
2人のFBI捜査官が、現地を訪れます。
事件の操作は、街の人たちに阻まれ難航します。
この作品は以下の配信サービスで視聴できます。
1988年の映画。
正義とは?って考えさせられました。
アンダーソンは、保安官の経験があり、
今回訪れたような街を知っている男でした。
だから、土地特有の空気も、人間の汚さも全部知っている男。
一方の、ワードは、
省庁出身の、ルール重視の理想主義。
理想が悪いとは言わないし、
ルール重視の何が悪い?
なんですが。。。
ここでは、それだと全く歯が立たない。
その現実を思い知ったワードは、
”アンダーソン流”を許します。
でも、
アンダーソンのやり方というのは、
ちょっとそれ、大丈夫??っていう。
正義のために、乱暴なやり方でやっていたら、
それって、結局、同じことなのでは?って思ってしまいました。
でも、それを言っていたら、
この土地は、よりおかしなことになっていく。。。
誰がそれを止める?
「司法」なんでしょうけれど、
正攻法じゃ太刀打ちできない。
あれを、
「あり」って手放しで言ってしまうのは違うと思いつつ、
あれがなかったら、変わらなかった。。。
って思うと、必要だったんだよねって思う。
前だったら、
「悪いことをした奴らなんだから、あぁなって当然」って
思いが、どこかにありました(私も若かったので)。
でも、正直根本的な解決にもならない。
でも、私も聖人君子ではないので、
ルール絶対!それから逸れるのはいただけませんよ!!
とは思わないんです。
この展開に、
「悪いことした人たちが、ちゃんと捕まってよかった」
ってホッとする部分もあるんですが、
どこか少し、
「うーん・・・でも」って思う部分もある。というのが正直なところです。
少々(で、済まないかもですが)、手荒なことしても、
こうやって正していかなければいかないほど、
間違っていたことを、していたんだけれど、
暴力の連鎖は消えないんだよね。。。
救われた人が、確実にいて、その数の多さは計り知れない。
そう思ったら、それが救いになるのか、
・・・難しいところです。
ただ、また時代が逆行していると言える部分を感じるニュースを
見るにつけ、
やはり、「解決」したんじゃなく、火種はずーっとあったんだと思うとね。
うーん・・・ですよね。
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