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アダム(クリス・オドネル)は、
死刑執行間近のサム・ケイホール(ジーン・ハックマン)の弁護を自ら志願します。
実は、アダムにとって、サムは祖父でした。
対面した当初は、反発していたサムですが。。。
何度か見返していて、
探してみたら、書いたこともありました↓
今もこの映画を観て、
思うところというのは変わらないんですが。。。
だって、サムは無罪ではなくて。
でも、サム1人が悪い事件でもなかった。
っていうことが明るみになったのに。。。
というやるせなさはある。
でも、この映画はきっと、
事件の真実がどうとか、そういう映画じゃなくて。
アダムにとって、亡くなってしまった父が抱えていたものを知る機会となったし、
お父さん(サム)とは分かり合えないまま終わってしまったけれど、
叔母リー(フェイ・ダナウェイ)は、長いことかかってしまったけれど、
自分の心を許すことができました。
納得がいかないことも多々あったとしても、
一旦の心のけじめみたいなものがついたように思います。
そもそもの事件を考えれば、
被害者からしたら、
実行犯が他にいるとか、そういう事実などもうどうでもよくて。
関わったんだから、サムだって悪いものは悪い。
・・・だと思うんです。
あと、
本当に悪い奴の存在も明らかになりました。
それでもそこは、明るみに出ない。
それに、サムの育ってきた環境。
環境が、サムの思想を作ってしまったと言っても過言ではないですよね。
でもそれも、映画の中では大きく取り上げられない。
だって、育った環境がどうとか、関係なく、
やっぱりやってしまったことには変わりないから。
色々と考えてしまうと、やるせないですけれどね。
でも、
アダムやリーが、
今後、この出来事のことを思い出しても、
2人はなんとか、今後は折り合いを付けれそう・・・。
という、
悲しみの中に希望が見いだせたのかな~って思いました。



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