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ゼヴ(クリストファー・プラマー)は、
アルツハイマーを患い、1週間前に亡くなった妻の死も、
目覚める度覚えていません。
喪に服したあと、ゼヴは、友達マックス(マーティン・ランド―)が
一緒に計画してくれたことを実行に移します。
それは、かつてアウシュビッツ収容所で、自分とマックスの家族を殺した、
戦犯に復讐するというものでした。。。
※ネタバレあります
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2015年の映画。
観進めていくうちに、なんかサスペンスっぽい要素も感じたので、
「まさかなぁ・・・」と思ったら、まさかの展開でした。
私は当事者ではないから、
この出来事を語る資格なんてあるかな?と、
観終えて、感想を書くにあたり、考えました。
「もう過ぎたことではないか、水に流そう」とか、
「あの頃のことは、反省しているから、許してください」
―そんな言葉で、罪も理由もなく大切な人を失った人たちが、
許せるわけもなく。
そんな感じのことを遺族が聞いて、
「わかりました」なんて言えると思うか?
言えるわけないよね。
ゼヴが、
1週間前の妻の死も、目覚める度に思い出さなきゃいけないほど、
昔のことを忘れているからといって、
自分がやった罪をなかったことにはできない。
ただ、その時代、
上の教えに背くことはできなくて。
疑問に思っても、やりたくないことでも、
やらなければならなかったのかなぁ~とも思う。
戦争が、人を狂わせたように思います。
もしやりたくないことでもやるしかなかったと思ったなら、
自分の過去を消さずに、
本国に戻って戦犯として裁かれるという道もあったのに、
そうはせず、新しい国で、新しい自分になろうとしたわけで。。。
誰だって、自分がかわいいですから。
正解の道が、自分に取っては正解と思えなかったら、
「誰にも知られていないんだし」って思って、
新しい自分の道を歩み続けるという選択肢を
取ってしまうんだろうなぁ。
自分だったらどうだろう。
って思う。
アメリカに、収容所の捕虜だったふりして渡ろう・・・
とは、思えないかもしれない。
でも、戦争という理不尽なものに駆り出され、
「私も被害者だ」って思っちゃうんだろうか・・・。
誰も得しない。
勝ち負けがあるのは、
スポーツとかそういう世界だけでいいのでは?って思う。
正解なんて、簡単には出ない。
許しも、断罪も、私が決められることではなくて。
ただ――
忘れてしまえば楽なのかもしれないけれど、
忘れてはいけないこともあるのだと、この映画は静かに突きつけてきたように思います。
忘れたくない。
けれど、記憶は自分の意思だけでは守れないこともありますよね。
ゼヴは最後に思い出した。
そして、自分で引き金を引いた。
それは赦しでも、救いでもない。
ただ、自分が何者だったのかを思い出した瞬間だったのかもしれなくて。
虚しさも残る映画でした。
それでも、この出来事を「もう過ぎたこと」とは言えなくて。
戦いの向こうに、本当にどっちが勝つかなどということは、
ないということを、
胸に留めておくべきかなって思いました。
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