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ボビー(マイケル・キートン)は、ガンで余命がわずかしかありません。
妻のゲイル(ニコール・キッドマン)のお腹には、2人の子供が居ますが、
誕生まで生きているかわからない状態でした。
そこで、ボビーは、子供に向けて、遺言となるビデオを残し始めます。
その中で、ボビーが自分の人生を見つめ直すことになり・・・。
1993年の映画。
この映画も、1度観ている映画です。
Netflixでおすすめに出てきて、
「そういえば観たことあったな」と思い出して、
久しぶりに観直してみました。
誰だって、
できれば元気に年を取りたいと思うものだと思いますが、
その半ばで突然、目の前に降りかかる、病魔。
命が尽きようとしているときになって初めて、
素直になろうというのは、
”もっと早くできたら”って思うけれど、できないのが人間なのかなぁ・・・って感じます。
ボビーが、故郷であるデトロイトを捨て、
名字を変えた。
子供の頃からの、ちょっとしたすれ違いですよね。
そこに最初に芽生えているのは
寂しさ。
ボビーにも、上手く表現できないけれど、
ボビーの両親は両親で、
故郷を捨て遠く離れた地に行ってしまった息子は、
自分たちのことを、拒絶してしまったと思って、
気持ちを硬化させてしまう。
本当はお互いがお互いを想う気持ちは変わらないというのに。。。
ボビーはきっと、
病気で、自分の人生を振り返るきっかけとなったと思うけれど、
それ以上に大きいのは、生まれてきた息子の存在だったと思います。
息子が生まれて、親の愛を理解するというね。
ボビーの父は、
息子たちを想い一生懸命仕事をしていた、
結果、不在がち。
子供心に寂しい。
子供に、”お父さんは自分のために頑張っているから”っていう
気持ちを持てというのはなかなか難しいですよね。
それが大人になるまで影響してしまおうとは・・・ですが。
自分が大人になってみていつも思うのは、
私を育てている年齢に両親がなった時、
自分の心は、子供を育てる心にはなっていない。。。っていうことで。
自分だから、というだけではなく、
きっとほとんどの人が、それぞれにそう思っても、
それでも子供を産み、育てていくんだろうなぁ~って思う。
だから、不器用にもなるときはあるんだろうね、って。
子供心にそれを理解するのは難しく、
子供の頃のちょっとしたことが、後々トラウマになっていっちゃうんだけれども。。。
(サーカスの件もね)
いつどうなるかというのは、
自分にも、誰にもわからない。
この映画は、愛する妻と子を通して、自分の両親のことを考える映画でしたが、
何も親に限りません。
何か、”愛する”ってことで、純粋に後悔があったり、
過去に傷ついたことで、その経験に厳重に蓋して、鍵も賭けている記憶があるのなら、
ちょっと考えてみるといいのかなって感じました。
その経験を思い出して、
直接関係した人に何か言いに行かなきゃいけない。。。とか、
そういう話ではもちろんありません。
ただ、長い時間の中で、
「本当は寂しかったんだな」とか
「あの時つらかったんだな」と、
自分の気持ちに名前をつけてあげるだけでも、
少しだけ心がほどけることがあるのかもしれません。
もちろん、思い出すこと自体がつらい出来事もありますし、
無理に振り返る必要なんて、どこにもありません。
それでも、もしも
「なんとなく引っかかっている過去」があるのなら、
少しだけ立ち止まってみる。
この映画のボビーのように、
人は案外、長い時間をかけて
自分の本当の気持ちに気づくのかもしれないなと思いました。
Netflixで視聴できます

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