「ロケットマン」
エルトン・ジョンの半生を描いた作品。
タロン・エガートン主演。
洋楽好きになって、手当たり次第にレンタルして聴いていたころ、
エルトン・ジョンも借りて聴いていました。
その時すでに、
「かつては依存症など抱えていた人」
と、”かつて”だったと記憶しています。
大して調べもせず、曲を聴いていたんだなぁ〜。
って思ったのが、彼の曲の作詞を手掛けていた親友の存在がいたってこと。
私はずっと、エルトン・ジョンが作詞・作曲だと思っていたので、
・・・本当に何も知らなかったんだなぁ^^;
あのおばあちゃんがいなかったら、
天才少年の才能って伸びなかったかもしれない。
両親は自分勝手で、本来ならば受けるべき愛を受けられなかった少年。
おばあちゃんがいてくれたから、才能が生かされて、
自分の中の「コレ」があったから、
そのまままっすぐ育ったのでしょうかね。
なんていうか、こんな両親だったら、グレて早々に家出して二度と帰らない感じになりそうですが・・・。
時代とかあるのでしょうかね。
やがて大人気になって、
自分の周りでいろんなことが動き出したら、
本人の気持ちとは関係なく、いくら心が沈んでいたって、表舞台に出なくちゃいけない。
本人の気持ちなんて無視されてしまうという。
スターになることの代償、辛すぎですね。
そんな中、自分の沈んだ気持ちを無理に盛り上げなくちゃいとなると、
手を出すものっていうのは、、、ってことで、
どんどん人気に反比例して、荒んでいくエルトン・ジョン。
すべて嫌になって、お酒飲みまくって、薬飲んで、プールに飛び込んだって
心配されるどころか、怒鳴られて仕事させられるって、
どんな世界なんだよ。って思いました。
フィクションでも、
大スターが主人公の映画とかで、
こういう、人気の裏にある本人の孤独。って描かれているのを観たりするから、
大人気とのセットなんだろうって考えると、
大人気なスターについている、悪徳なマネージャーっていう構図も、
フィクションでも、マネージャーとか、近しい人に、スターを利用するやつっているなぁ。。。
なんて、
思い出したのが
「カントリー・ストロング」っていう映画だったんですが。(グウィネス・パルトロー、ティム・マッグロー)
こっちは悪徳マネージャーではなかったけれど(多分)、
気分が沈んでいる主人公に、気持ちが盛り上がるものを渡すなんていうやつが近くにいたような。
確かこの脚本家は、ブリトニー・スピアーズのことを考えつつ、この作品を作ったって、
そんなことを以前このブログでも触れたことがありますが、
本来なら、近くにいる人の手の差し伸べ方って本人を想うものでなくちゃならないのに、
いろいろと取り巻くものが大きくなりすぎると、難しくなるんでしょうかね。
本人が疲れて、やりたくないと言っている、心が壊れちゃっているから、表舞台に出たくない。
なんてなった時に、
マネージャーからしたら、
「もう予定がぎっしり、たくさんのお金も人も動いているのに何言っている!!」って気持ちになるけれど、
主人公は誰なんだ!?って話だったりする。それを忘れちゃうんですね。
予定があるものをキャンセルしたら、混乱があるだろうし、
ファンは「勝手な人」って思っちゃうのかな。
そんな風潮な記事も書かれちゃったりして。
今の時代は、アーティストなりに打診がちゃんとあって、物事を決められている。。。
ってのが主流であってほしいですが。
・・・こんな時、どんな自分でも愛してくれている人がいるって
その人のところへ行けば、なんとかなる。って人の存在があるって、大事なんだろうって思います。
でも、エルトン・ジョンには、そんな存在がいなくて。
お母さんに、自分がゲイだって告白したときの
お母さんの言葉。
苦しくって泣きました。
お母さんの言っていること、間違っているよ、違うよ!!違うって気づいてエルトン!!
なんて、そのシーンの時心で叫んでました。
こんな言葉で片付けたくありませんが・・・「そんな時代だった」ってことなんですか!?
悲しいことに、命を落としてしまう人だっている中、
「このままじゃ」って思って、助けを求めに行ったって
すごいなぁ。って思う。
自分を見つめ直して、過去と対峙したりしたから、
今があるんですよね。
私が知っているのは…っていうほど知っているわけではもちろんありませんが、
混沌の時代の「後」のエルトン・ジョン。
今は愛するパートナーと結婚して、子供も2人いて、
本当に良かったですね。
それにしても、
エルトン・ジョンを演じた、タロン・エガートン。
彼はものすごく歌が上手いのですね。
演技良し、歌良しって、
天は二物も三物も与えたんですね。
「キングスマン」以降、
映画そのものをあんまり観ていないので、
彼の作品もキングスマン以来。
・・・遅れ取り戻します!
ロケットマン
映画
コメント