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1959年、ある全寮制の名門男子校。
新しくやって来た英語教師キーティング(ロビン・ウィリアムズ)の授業は、
ちょっと独特でした。
教科書に忠実だった授業ではなく、生徒の心に感じたことを尊重する授業。
そんな新しい”風”に、生徒たちは、とても惹かれていきますが・・・。
1990年に日本公開の映画ですが、
映画の舞台は1959年。
物語の主人公ともいえる、ニール(ロバート・ショーン・レナード)は、
父親の言うがままに、ここまで来たけれど、
初めて、自分の心の声に気付きました。
キーティングが、誘導したわけではなく、ヒントをくれただけ。
ニールに限らず、
みんな、親が言うままにここまで来た子たちばかりで、
キーティングの型破りな授業で、それぞれ、
”心に正直になる”っていう視点を教えられたんだと思います。
でも、やっぱり時代もあるのですかね、
”父の言う事は絶対”みたいな。
ニールは、
親の敷いたレールではない、自分が本当にやりたいことを見つけたけれど、
父親は理解してくれませんでした。
ニールは、
「そんなの終身刑と一緒」と父親に言うシーンがあるのですが、
父親の命令の中の、”10年”というのは、
10代のニールにとっては、本当にそう受け取れてしまうよな。って。
本当に、絶望しかなかったんだと思う。
ニールの父親は、
ニールの決断に、キーティングを責めます。
でもきっと、父親の心の中には、誰にも絶対言えないけれど、
”自分のせいでニールは・・・。”って思いはあったんだと思う。
でもそれを真正面から認めてしまうと、
父自身が壊れてしまう。
だから、学校が悪い、
ニールを焚きつけた、キーティングが悪い。
そう思って、行動を起こすことで、
誰かのせいと強く思うことで、かろうじて立っていようとしたのではないかと。。。
感じました。
学校は学校で、
惨い話ですが、
”早くこのことを収束させたい”って思いから、
父の訴えに迎合し、
生徒たちの意見なんか聞かず、キーティングを追い出すことで、
何事もなかったようにしたかったんだと。
とんでもないよな、って思うんですが、
・・・でも、キーティングはこんな名門校(失礼)より、
もっと必要とされるところはあると思うのでね。
ただ、キーティングを退職させるために、
他の生徒たちは利用されたみたいなもので。
一人を除いて、ですけれど。
彼はきっと、この名門校のやり方とかに迎合したまま、
親の敷いたレールに乗ったまま、
きっと卒なく大人になって、卒なく生涯を終えるんじゃないかと。
時に、こういう、”どっちかを選ぶ”みたいなことになった時、
”正しい方”じゃなくて、”自分が得する方”を選ぶ生き方になりそう・・・(辛口)
――あくまで、私の思ったことです。
でも、彼もそうだし、
「大人がサインしろっていうから、仕方なくサインしただけなんだ!」って
反発する子たち(若き日のイーサン・ホークとか)だって、
言ってしまえばみんな、まだ子供なんですよね。
先ほど、辛口なことを書きましたが、
彼だって途中で、勇気を出す時は来るかもしれないから、まぁ、この段階で
人生決めつけるのもね。。。ですが。
まだまだ、親に育ててもらっている段階ですから、
選択肢ってやっぱり限られてきます。
だから唯一、彼らが示せる、
本当の気持ちが、
ラストの、名シーンだったんだと思います。
キーティングも、彼らの気持ちもわかるし、
どうしようもないのもわかってる。
静かに、切ない。
そう思いました。
Netflixでの配信は、終わってしまうようです。
レンタル等で観れます!

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