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ヘンリー・ターナー(ハリソン・フォード)は、成功した弁護士でした。
ある日、買い物に行った店で、強盗に出くわし、撃たれてしまいます。
一命は取り留めたのですが、目覚めたヘンリーは、弁護士だった記憶も、
妻サラ(アネット・ベニング)や娘レイチェルのことも、覚えていなくて・・・
1991年の映画。
最近、昔観た映画をもう一度観直す・・・っていうのを結構やっていまして。
こちらも、高校生ぐらいの時に観たんですが、
その時は、
「家族の絆が戻って良かったね」っていう、わりと感動する映画・・・って位置づけだったな~。
っていうのを、今回観て、
思い出していました・・・途中まで。
ただ、ラストにかけて、
「おい!!」ってなってしまいました。
ヘンリーは、どうやらもう記憶は戻らないみたいで。
撃たれる直前までのヘンリーは、
家族に対しても、距離があるし、ちょっと嫌な奴って感じでした。
それが、
目が覚めたら、その頃のこと何にも覚えていないし、
妻や子供がいるらしい・・・けれど、この人たちは誰?だしで、
最初はすごく混乱していました。
でも、ヘンリーは、
戸惑いながらも、妻や子供との関係を再構築していきます。
ただ。
私は正直なところ、
ラスト前の展開はいらなかったのでは??って今回思ったんです。
前回は、その部分はすっ飛ばして・・・っていうか、さほど気にならなかったのですが、
ヘンリーが共同経営していた、弁護士事務所に勤める。
ある女性弁護士のキャラクター。
ちょっと、その人の描き方が雑だったなって思ったんです。
ざっくりした書き方をしているのは、ネタバレになるからなぁ~と考えてしまったからなのですが、
よくよく考えると、35年前の映画なので、もう今更ネタバレとかないかな??とも思いますが、
敢えてざっくりさせておきます。
その女性がね、
もっと感じが悪いキャラクターだったら、
今回も、多分そのあたりの描写をスルーできたと思うんですが、
いい人。
しかも、記憶失ったヘンリーが、
初めて出社したあたりから登場してはいるのに、
彼女が、ヘンリーに詰め寄ったり、していないんです。
ヘンリーが記憶を失い、自分のことを忘れているのに・・・。
って、思いやっているのだったら、
めちゃくちゃいい人じゃないか・・・と。
で、そんな彼女を、ヘンリーは
たった一言で、バッサリ切るんですね。
そして、家族と関係を再構築して、
ハッピーエンド・・・。
いやいや。ハッピーじゃない人いるからね。っていう。
と、ここで。
記憶を失ったヘンリーではありますが、
退院してきて、妻と娘と過ごす姿っていうのは、
もともとのヘンリーだった。。。って思うと、
仕事に明け暮れるうちに、
冒頭の、「なんか冷酷な嫌なやつ」っていうのは、
年々身についてしまったものだったと思うんです。
結婚生活も長くなり、
冷めきってしまっていましたが、
本当は、そんな人生は望んでいなかった・・・
家族とも仲良くやっていくのが、きっと望んでいたことなんだろうな~。
って思ったのは、
娘のレイチェルが、
靴紐をうまく結べなくて、イラつくヘンリーを見て、
靴紐を結んであげるシーン。
そこに、
娘が覚えている「いい思い出」を垣間見て、
きっと、その後、仕事が軌道に乗って、
ヘンリーの望んではいなかった大人になってしまったんではないだろうか・・・。
と、思われます。
このシーンがあるからこそ、
私は「記憶を失ったヘンリーこそ、本来のヘンリーだったのでは?」
と思ってしまったのです。
邦題が「心の旅」ということで、
ヘンリー・ターナーが、九死に一生を得た後、
再び自分自身を取り戻すまでを描いた映画なのですが、
この映画が描こうとした
「記憶を失っても、人の本質は残る」というテーマを考えると、
あの女性同僚の存在は、物語を深めるどころか、
むしろテーマをぼやかしてしまったように感じました。
映画が言いたかったことは、伝わったのですが、
「妻を責めたけれど、ヘンリーは、それ打ち明けていないよね?」とか、
「いや。打ち明けて、妻が、”もう今のあなたは違うから気にしないで”」って
一言で終わらせたとしたら・・・。
・・・ないないない。と、ちょっと観終わった後、考えさせられてしまいました。
映画が面白くなかった。ということではないので、
ちょっと・・・残念でした。
この映画が描こうとした
「記憶を失っても、人の本質は残る」というテーマを考えると、
あの女性同僚の存在は、物語を深めるどころか、
むしろテーマをぼやかしてしまったように感じました。

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