めぐりあう時間たち│正解というものは、なくてもいいのかもしれない、と思う。【映画】

映画

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3つの時代に生きる3人の女性。
彼女たちは、それぞれ自分の中に葛藤を抱えています。
作家、主婦、誰かのケアをする人・・・。
「生きていくとは」の意味が、静かに重なっていきます。。。

2003年の映画。

正直、観終わった後
「スッキリした~!」って思えませんでした。

「・・・ん?どういうこと?」が一番最初に感じた感想でした。

ヴァージニア(ニコール・キッドマン)は、作家。
”ダロウェイ婦人”という小説の作者。
色々と考えが浮かび・・・というか、作家として、
紙の上で誰かの人生を作り上げる中で心を痛めている・・・のかな。

ローラ(ジュリアン・ムーア)は、もうすぐ第2子出産を控えた主婦。
幸せな生活のはずなのに、
閉塞感を抱えていました。

クラリッサ(メリル・ストリープ)は、書籍の編集者。
長年、リチャード(エド・ハリス)の世話を続けて、生きてきました。
一緒に人生を歩いていくパートナーという存在ではないリチャード。
彼を元気付けるために生きること。が、
彼女のいくつかある人生のレールの一つであったように思います。

ヴァージニア、ローラ、クラリッサ・・・。
それぞれ、違う時代に生きる3人。

ヴァージニアは、自死を考え、
ローラは、考えたけれど踏みとどまり、
クラリッサは、苦しいけれど、生き続ける。

どの生き方にも、
明確な「正解」はなくて。

3人の、閉塞感が共鳴し合ってはいるんですが、
実際に、ローラとクラリッサは時代を経て、つながるんですけれども。

ただ、つながりが見えたからと言って、
何かが救わるというわけではありません。

むしろ、
生きる選択も、去る選択も、
どちらも誰かの人生に影を落としてしまうのだと、
静かに突きつけられるような気がしました。

特に印象に残ったのは、
ローラの選択でした。

彼女は、自分を救うために家族を去った。
その選択自体を、
映画は否定していないように思えます。

けれど、
突然去られた側が抱える痛みや、
「自分のせいだったのだろうか」という想いは、
時間を越えて残っていく。

突然去るんじゃなく、
何か残せていたら、残された者たちの心も、
少しは違ったかもしれません。

でも、そういう気配りができないほど、
ローラは、追い詰められていたのだから、
それもまた、仕方ないのかと。。。

この映画は、
観終わったあと、
気持ちが軽くなる映画ではありません。

それぞれの人生に、
それぞれの選択があり、
そのどれにも、簡単な正解はない。

ただ、
生きることの重さだけが、
静かに残る作品でした。

誰かの正解は、誰かの不正解だと思う。
そういう点で、
正解はどこにもないのかなって。

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