スケルトン・ツインズ

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観たのはちょっと前なのですが。

「スケルトン・ツインズ」

10年ぶりに再会することなる双子のマイロ(ビル・ヘイダー)とマギー(クリステン・ウィグ)。
2人とも離れたところで、自殺しようとしているところだった。。。というところから始まる物語。

マイロは役者になるべく、生まれ故郷を離れていたのだけれど、マギーが迎えに行って、しばらくマギーと夫のランス(ルーク・ウィルソン)との共同生活をすることになります。
最初はぎこちないマイロとマギーもやがて、元の仲良し双子に戻りつつあったのだけれど・・・。
必死で大人になろうとしているマギー。「大人だからこうあるべき」っていうものにすごくとらわれて、とってもストレスがたまっている感じ。
マイロは・・・。役者としてはなかなか芽が出ない。この物語のスタートこそ、恋人と別れて自暴自棄になって、自殺を試みるけれど、マギーよりは自分の心に正直な感じ。

けれど、子供の頃から思い描いていたものを手に入れたかとは、2人とも言えない。
まわりから「大人」と見られる年齢になったといっても、心も大人になったかと言えばそうではなくて。
心の中に、何か渦巻きながら日々生きている・・・と書くと、なんだかとても寂しい感じですが、
まぁだいたいは、「大人であること」とかを意識せず日々を生き、つまらない感じとか、楽しい時代に想いを馳せたり、時にい、不安を覚えたり、そんな日もあるけれど、ずーっとそのことを考えてはいないといいますかね。
でも、そういう不安とかに心が捕われたとき、一番そばで、すべてを理解してくれるのが同じ年月を生きてきた、双子の相棒の存在。いくつになっても、子供みたいに一緒にはしゃいだり、一緒に隣で寄り添ってくれたり。
旦那さんがいてもマギーは、旦那さんとそういう関係を築くことはできなかったけれど、そばにはマイロがいて。ただ、何も考えず言いたいことを言えて、何も言わずそばにいてくれる相手がいるってそうそういるわけじゃないですもんね。2人にとっては、お互いがそういう相手。

色々と壊れてしまったものはあっても、最後はちょっと希望を見出せる終わり方だったかと思います。ちょうど、「テイク・ディス・ワルツ」を観た直後に観た作品だったので、大人(な年齢)になって感じる空虚感みたいなものが、ちょっと似ている気がして。
でもこっちは心強い相棒がいてよかったなぁ・・・。という比較というかなんというか、そんな感じで、2つが同時に頭に浮かぶ1本でした。

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