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2013年の映画。
1841年、
自由黒人で、音楽家のソロモン(キウェテル・イジョフォー)は、NYで家族と幸せに暮らしていました。
ある日、二人組の男に、仕事の話を持ち掛けられ、
一緒にワシントンへ。騙され、拉致されて、奴隷として売られてしまいます。
彼が解放されるまでの12年間の体験記を基に描かれた作品
「シェイム」の監督、スティーヴ・マックイーンと、主演のマイケル・ファスベンダーが
再びタッグを組んだ作品ということで、
マイケル・ファスベンダー好きとしては楽しみにしていたんです。
12年も経ってから観るとは。。。
これは、簡単に感想を書いていい映画ではない。
それでも、観た人間として感じたことは書いておきたい。と思いましたので、、、書きます。
正直胸くそ悪い。
でも、目を背けてはいけない事実ではあって。
でも、こういう出来事の末に、
奴隷解放へとつながっていったんですよね。
正直、人じゃないと思った。
マイケル・ファスベンダー演じる、エドウィン・エップスの嫌な奴っぷりといったらなかった。
この作品は、アカデミー賞作品賞を受賞して、
パッツィーを演じていた、ルピタ・ニョンゴは助演女優賞受賞。
マイケル・ファスベンダーも助演男優賞にノミネートされましたが、受賞はならずでした。
そもそも、
「奴隷を買う」も、「奴隷」も、
なんでそうなる??なんですが。。。
そして、自分の言うことを聞かないと、
鞭で痛めつけたり、最悪殺したり。
そういったことを平気な顔で、
当たり前のように行えるって、
決して昔の人の心が、今の人より豊かではなかった。
相手を思いやったりする心がなかった・・・からではないと思うんです。
実際、エップス(ファスベンダー)は、パッツィ(ルピタ・ニョンゴ)に
何か心動かされていたんだと思うんですが、
時代がそう、奴隷を使って当たり前。。。みたいな時代だったから、
そんな心の動きは、無視してでも、
変な強さ(本当に変な、です)を見せなくてはならなかった・・・のか。
パッツィを木に縛り付けて、鞭で打つシーンで、
「楽しくてしかたない」と言いながら、苦悩が見えてて、
苦悩なのか、歪んだ快楽なのか、判別できない怖さがありました。
ただのサイコ野郎ではなさそうだけれど、って。
”そういう時代だったから”とか、
”みんなもやってるし”。。。な時代だったのかもしれないけれど、
目の前の人が痛みに苦しんでいるのに、
”楽しい”とか言っていられるって、本当によっぽどで。
湧いてくる、良心みたいなものを、怒りに変換して・・・じゃないとやっていられないのかな?
・・・ってぐらい、エップスは、狂気に満ちていた気がします。
持ちっている良心と、”時代が・・・”の、
その狭間で揺れているけど、致し方ない・・・みたいな感じだったのが、
ベネディクト・カンバーバッチが演じていた、フォードだったのかもしれません。
邦題の
「それでも夜は明ける」
って、めちゃくちゃいい邦題だと思いました。
どんなに辛い出来事に満ち溢れていても、
生きていたら次の日がやってくるのは、みんな平等で。
ソロモンは、
「いつか家に帰れる」という希望を抱きながら、日々を送っていたわけではないと思いますが、
偶然現れる、カナダ人のバスが助けてくれたおかげで、
家に帰れて。
家に帰ったソロモンを待っていたのは、
大きくなった子供たちと、孫と、妻。
「今更帰って来て・・・」って詫びていますが、
なんで?好きで出て行ったわけじゃないよ?って思ったんですが、
第一声も、どんな言葉か見つからないか・・・そりゃ。
ソロモンは自分が帰るので精一杯で、
みんなを置いて出てきてしまったけれど、
きっと、後悔からその後運動にも熱が入っていったのでしょうか。
映画「シェイム」の時もそうでしたが、
何か大きく救われるラストというわけではなく、
静かに淡々と終わっていきますが、、、
だからこそリアルなんだよな。。。って思いました。



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