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甲状腺ガンが肺に転移して、酸素ボンベを手放せない、
ヘーゼル(シェイリーン・ウッドリー)は、
周りに勧められて、ガン患者のサポートグループへ参加しました。
そこで出会った、骨肉腫で片足を失っている、
オーガスタス(アンセル・エルゴート)と出会い意気投合します。
2014年の映画
オーガスタスもヘーゼルも、
友達のアイザックも、
みんな大病で、「生きること」や「死ぬこと」を考えなくてはいけなくて。
言葉として正しいかはわからないけれど、
共通の話題に共感し合えるっていうのって、
その場にあるのは、淡々としたもので、
冗談言い合って笑い合ったり、恋に落ちたり。
とかく今日まで、奇跡的に健康だった身としては、
(いつどうなるか、っていうのは結局のところ誰にもわからないのでね)
つい、
「そんな若くして」とか、
絶望的に思いがち。
でも本人たちは、
きっと本人たちにしか分かり合えないものがあって、
それは、私にはわかり得ないこと。
ということ。
だから、私は、
ヘーゼルの両親に思いを馳せ、切なかった。
ヘーゼルが子供の頃、
意識が朦朧としている中で、お母さんがつぶやいたこと、
ヘーゼルは覚えていて、
お母さん(そしてお父さんも)たちは、
「できれば自分が変わってあげたい」って思っていたはず。
我が子が苦しそうで、
苦しそうなのを見て、自分が苦しいのに耐えられなかった。
でも、お母さんはその時そう思ったってだけで、
今もそう思って生きているわけじゃなくて。
自分の大切な人が病気になって、
そばで支える方も、難しいところに立たされる。
でも、本人が一番辛いのはわかっているから、
弱音は吐かないけれど、
居なくなってしまうことの、悲しみとか、
色々と考えては、苦しい。
でも、それはこちら側の「弱音」かなって飲み込む。。。
ヘーゼルは、
「自分がいずれ、いなくなったら、お母さんの人生が終わっちゃうのも嫌」って。
残していく辛さもまた、あるのも想像に難くなくて。
でも、そこで、
お互いに本音でぶつかり合えるって、いいことだなって思う。
お父さんもお母さんも悲しいけれど、
ヘーゼルが悲しまないように前を向こうって頑張ってる。
悲しみは消えないけれど、抱えても生きていけることはできる、って。
ヘーゼルと、オーガスタスの、唯一無二の愛にも触れないと
映画のメインはそちらですからね。
オーガスタスは、
「何か有名になって大きなことを成し遂げたかった」みたいなことを言って、
でもそれに、ヘーゼルが、
「大きなことはやってなくても、”愛した”ってことがあったじゃない」って。
これって、大きなことやるより、大きなことだと思う。
「愛」を知れるってことほど、素敵なことはないと思うから。
寂しくて泣けてしまったけれど、
あたたかい余韻の感じる映画でした。
ディズニープラスで視聴可能です。



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